じゅんのまつKANGOブログ

散る桜残る桜も散る桜

桜の花を見ると思い出す父 #桜#花見#ACP

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さて今年も花見のシーズンがやってきました。

桜を見ながらレジャーシートを敷いて家族みんなでもしくは友達とお弁当を食べながら、お酒を飲みながらワイワイするというイメージが強い花見。TVでも花見でワイワイやっている泥酔したサラリーマンが毎年登場しますよね。(笑)

しかし、私は花見があまり好きではありません。なぜならば、桜の花を見るとホスピスに入院して最後息を引き取った父を思い出すからです。癌は本人には未告知でしたが、少し早めの誕生日祝いを病院でした時にはすでに悟っていたと思います。

父「わしゃまだ誕生日じゃないのに何で祝うんだ。

母「60歳になるから少し早めにしてくれたんじゃない?

父「そげか・・・・。

何気ないおやじとおふくろの会話でしたが、そこには子供が入り込むことができない空気が流れていました。そしておそらくおやじは気が付いていたはずです。癌の痛みは私には分かりません。近くで寄り添う事しかできなかったあの時。おやじには本当の事を言うべきではなかったのか。桜の季節が来る度に思い出し後悔の念に駆られます。まぁ、家族で話しあって本人には言わないでおこうと決めたわけですから、私一人が後悔したところでどうしようもないのですが。今思えば、告知しておいたほうがよかったと思っています。元気がいいうちに家族でおやじがどうしたいか話しあっておくべきではなかったのかと思います。おやじが亡くなってから何年もの月日が流れました。私は、今NSを生業にしています。NSをしているかたならおそらくほとんど誰もが知っていると思いますが、今回はACPについて書きたいと思います。(前置きが大変ながーくなりすいません。)

 

意志決定支援とアドバンス・ケア・プランニング

1)概要

ACP(アドバンス・ケア・プランニング)とは、将来の医療やケアについて、本人が望む治療方針や終末期のケアを、家族や医療従事者と話し合い、計画するプロセスのことです。この考え方は、2018年より、病院などの医療機関だけでなく、在宅・介護現場にも浸透してきました。介護施設では、入所の際に事前指示書を提出してもらうなど、利用者さんが将来について考える機会が増えています。

 

2)目的

本人の意思を尊重し、望む医療やケアを受けられるようにする

②家族や医療者が意思決定に困らないようにする

価値観に沿った最善のケアを提供する

 

3)具体的な内容

本人の価値観や希望を確認(「どのような最期を迎えたいか」「延命治療を望むか」など)

②家族や医療チームと共有(意思表示が困難になったときのために)

③記録・更新(状況に応じて見直す

 

4)対象者

①高齢者や慢性疾患のある方

②終末期のケアを考えたい方

③医療やケアの意思決定が必要な方

 

5)関連する概念

①DNAR(Do Not Attempt Resuscitation):心肺蘇生を希望しない意思表示

リビング・ウィル:事前指示書(延命治療の希望などを記載)

 

6)意思決定の例

〇食事が摂れなくなってきた場合

選択肢→①点滴をする ②胃ろう作る ③できるかぎり経口で

〇神経難病で呼吸機能が低下した場合

選択肢→①人口呼吸器をつける ②人口呼吸器はつけない

〇要介護5の利用者を介護していた妻が脳梗塞で倒れた

選択肢→①引き続き在宅医療を続ける ②入院Or入所

認知症の進行

選択肢→①地域の介護サービスだけでなく、地域見守りなどインフォーマルサービスを利用し在宅療養の継続

グループホームなど施設へ入る

 

ここで注目すべきは数ある選択肢の中から決定していくのは患者さん利用者さん本人です。NSは、選択肢を提供し、意志決定支援をするチームの1人として関わる事になります。意志決定は「今決めてください。」と言われて、本人が1人ですぐに決められる事ではありません。その為、関わっている全ての医療専門家の意見も聞きながら前もって話しあっておくことが必要となります。この場合注意したいのは医師の意見は絶対ではないということです!!!

 

7)まとめ

いかがでしたでしょうか?急性期のNSはもしかしたらなじみの薄い言葉だったかもしれません。どんな職場でも華やかな部署がクローズアップされるのではないでしょうか。私も急性期にいた時は慢性期や終末期で働くNS=急性期で脱落したNSがいる部署と思っていました。しかし、実際に慢性期(地域包括)や終末期(医療院)などで勤務しているうちにどんな仕事どんな部署にも上も下もないと実感しました。今では終末期に関わることができ私なりの看護観も変わってきたので患者さんには感謝しているくらいです。